物価高の感覚値とその実態毎日のニュースで、触れられない日はないほど耳にする“物価高”という言葉。一体、いつ頃から言われ始めたのでしょうか。Google Trendsを用いて、 “物価高”の検索推移を確認すると、(図1.“物価高”のウェブ検索推移をご参照)コロナ禍が収束し始めた2022年頃から検索され始めており、一定の検索量が継続しています。このことは、物価高が一時的な話題ではなく、多くの消費者が“物価の変化そのもの”を気に掛けるようになった、ということが示唆されます。そして、2025年には検索量が飛躍的に増えていることから、直近により多くの人々の関心を得ているようです。この検索動向は、消費者が日常の中で価格の動きを意識するようになったという“実感の高まり” を示すデータともいえるでしょう。<図1.“物価高”のウェブ検索推移>出典:Google Trends(https://trends.google.co.jp/trends/)では、その実感は実際の購買行動にどのようにあらわれているのでしょうか。図2.物価指数推移(※QPR(マクロミル社提供の購買スキャンパネル)上の消費財約45万アイテムにおける、2016年を1とした場合の平均価格の推移)を見ると、2018年まではやや微減、2018年から2022年にかけて緩やかに1.05倍程度上昇し、2022年から2025年にかけてさらに1.12倍上昇する、という結果となっていました。<図2.物価指数推移>出典:QPR上の約45万アイテムの集計値“物価高”というウェブ検索がされ始めたタイミングと実際にモノの値段が急激に上昇したタイミングが見事に関連している様子が2つの図から見て取れると思います。こうした価格環境の変化の中、消費者は何を買い、何を買い控えたのでしょうか。物価が上がったからすべてのカテゴリで買い控えが起きている、というわけではありません。QPRをカテゴリ別に確認すると、値上がりしているにもかかわらず購入数量や金額が維持されているカテゴリもあれば減少しているカテゴリも存在しています。このことから、消費者は単純な節約行動ではなく “支出の選択と集中” を行っている可能性が見えてきます。今回の記事では、QPRを用いて、“物価高“がウェブで検索され始めた2022年=1.00を基準として、「物価指数」「購入数量」「購入金額」の3つの指標を基に、“値上がりしても買われ続ける商品” と “優先的に削られていく商品”の二極化構造を浮き彫りにし、その特徴を考察していきます。指標意味例物価指数2022年を1.00とした価格変化1.30=30%値上げ購入数量2022年を1.00とした購買数量の変化0.90=10%減購入金額2022年を1.00とした購買金額の変化1.10=10%増1.値上げしても“なお買われ続ける”商品カテゴリとはまず、値上がり幅の大きいカテゴリから見ていきます。以下は、物価指数が1.2倍以上のカテゴリを物価指数が高い順にランキングしたものになります。<表1.物価指数ランキング>主食の米は高くても外せない最も印象的なのは物価指数 1位の米(物価指数2.02、購入数量0.97、購入金額1.96) です。物価指数が約2倍に上昇しているにもかかわらず、購入金額も 1.96 とほぼ倍増しています。数量の微減はあるものの、米は生活の中心であり削れない、という消費者の強い意識が反映されていると考えられます。では、米と同じ主食関連である他のカテゴリはどうでしょうか。28位のスパゲッティ(物価指数1.21、購入数量1.02、購入金額1.24)を見てみると、数量、金額ともに増加していました。特に金額が1.24倍と物価指数以上の伸びを示しています。米は削れないものの、その代替としてスパゲッティも着実に存在感を示しています。内食回帰を支える“料理素材”料理素材という視点で見てみると、2位のオリーブ油(物価指数1.63、購入数量0.63、購入金額1.03)は、米の次に物価指数が高く、数量は大きく下落していますが、金額は維持している、という結果になっていました。一方、8位のケチャップ(物価指数1.32、購入数量0.97、購入金額1.27)や23位のマヨネーズ(物価指数1.24、購入数量0.93、購入金額1.16)を見ると、数量は微減、金額は上昇しています。また、12位の片栗粉(物価指数1.30、購入数量1.03、購入金額1.34)では、金額が物価指数を上回っており、堅調な伸びを示しています。これらのカテゴリは、料理の頻度が増えると確実に出番が増える商品カテゴリです。物価高の中でも、家庭での調理を支える商品カテゴリへの支出が相対的に維持されている様子が、数値から読み取れます。強い支持を維持している健康飲料トマトジュース(物価指数1.32、購入数量1.22、購入金額1.60) や乳酸菌飲料(物価指数1.32、購入数量0.94、購入金額1.24) は、値上がりしてもなお数量をキープし、金額が増えているカテゴリです。これらは、体に良いという効用が明確であり、生活者が “目的のある支出” として選んでいることが示唆されます。単なる嗜好飲料ではなく、日々の体調管理や健康維持の文脈で重要性が増していると考えられます。また、トマトジュースに関しては、今回のデータ外からの示唆になりますが、生鮮野菜の価格高騰による代替需要としても消費されている可能性もあるのではないでしょうか。2.値上げの中で“削られる”商品群とは一方で、値上がりしていても買われなくなった商品カテゴリも存在します。具体的に、購入数量<1.00 かつ 購入金額<1.00 の両条件を満たすカテゴリを確認していきましょう。該当するカテゴリを上記の条件で<表1.物価指数ランキング>から抜粋したものを、<表2.購入数量、購入金額減少カテゴリリスト>として、下表に列記しました。<表2. 購入数量、購入金額減少カテゴリリスト>静かに削られるのは、“毎日必ず必要ではない”ものからまず目につくのは、果汁100%飲料やパン(食パン・菓子パン以外)といったカテゴリです。いずれも食卓に登場する機会は多いですが、なければ生活が成り立たないものではありません。表を見ると、果汁100%飲料やパン(食パン・菓子パン以外)は、物価指数が大きく上昇している一方で、購入数量の落ち込みが大きいです。これは、以前ほど頻繁には買わなくなった、 という変化を示しています。値上げ局面において、消費者はまず頻度で調整を始めます。毎日でなくても困らないもの、他の食品で代替できるものは、回数を減らすという形で支出が調整されます。この“頻度調整”の対象になりやすいことが、これらのカテゴリに共通しています。保存食品・嗜好品に表れた、まとめ買いの抑制缶詰、果実・デザート缶詰、練り製品といった保存性の高い食品も、今回のデータでは数量、金額ともに減少しています。これらは従来、「安いときにまとめて買っておく」、「ストックしておくと安心」という購買行動に支えられてきたカテゴリです。しかし物価指数が上昇する中で、その“まとめ買い”が抑制された可能性が、数量の低下という形で表れています。必要な分だけを買う、今すぐ使う分だけを買う、という消費者の購買行動がより慎重になっている様子が、表の数字から読み取れます。菓子類に見える楽しみ方の調整菓子セット、チョコレートといった菓子類のカテゴリも、今回の“削られる側”に含まれています。どちらも嗜好性が高く、生活の必需品というよりは“楽しみ”に近い支出となります。これらのカテゴリでは、物価上昇に対して数量、金額の双方が落ちていますが、決してゼロになったわけではありません。完全に手放されたのではなく、頻度や量を調整されたと見るほうが自然でしょう。楽しみをやめるのではなく、楽しみ方を変える、この慎重な距離の取り方も、データに表れた消費者の判断のひとつでしょう。削られたのではなく、後回しにされた消費今回、物価指数が上位のカテゴリの中で、数量と金額の双方が減少したカテゴリは8つにとどまりました。これは決して多くはありません。裏を返せば、多くのカテゴリでは、値上げの中でも何らかの形で購入が維持されているということでもあります。その中で、この8カテゴリが示しているのは、消費者が切り捨てを行ったというより、支出に順番をつけた結果、今は買わない、今は頻度を落とす、今は量を控える、そうした“後回し”の判断が、数量や金額の減少として、静かに数字に表れているのではないでしょうか。数字の裏側に見えるメリハリの論理値上げ環境下における消費行動の変化は、派手な転換としてではなく、小さな判断の積み重ねとして表れます。今回の分析からは、主食や調理の基礎となる商品、健康目的で購入される商品は相対的に守られる一方で、代替が利きやすく、購入頻度や量を調整しやすいカテゴリ、あるいはまとめ買いに依存していたカテゴリが、後回しにされている様子が確認できました。消費者は一律に支出を削っているのではなく、支出の中に明確な濃淡をつけているように見えます。今回の購買分析が示しているのは、単に「売れた」「売れなかった」という結果ではありません。そこに表れているのは、消費者が何を優先し、何を調整するのかという価値観の選択です。そして重要なのは、その選択が偶発的なものではなく、用途の広さ、目的の明確さ、代替可能性といった、生活の中での合理的な判断軸に沿って行われている点にあります。こうした判断軸は、値上げ局面における購買行動のパターンとして、購買データの中にも明確に表れています。生活に深く組み込まれた商品は選ばれ続け、そうでない商品から順に調整されていく。この“選ばれ方の構造”をどこまで正確に捉えられるか、その理解の深さこそが、これからのマーケティングにおいて、確かな差を生んでいくはずです。株式会社 R SQUARED 代表取締役情報経営イノベーション専門職大学 客員教授吉永 恵一