高まる物価高の実感値昨今、物価の高騰、及び、同じ価格でも容量が減る実質値上げが進み、物価高を実感している消費者が多いのではないでしょうか。まずは、その実態を把握するために、Google Trendsを用いて“物価高”というキーワードの検索動向を調べてみました。<”物価高”の検索数推移>出典:https://trends.google.co.jp/trends/検索データによると、“物価高”の検索数は2022年から増加傾向にあり、2025年頭には過去最高を記録しました。この背景には、様々な原価の上昇による商品・サービスの値上げが不可避な状況がありますが、すべての市場カテゴリにおいて等しく値上げが売上に悪影響を及ぼしているわけではありません。値上げをしても売上が落ちにくいカテゴリもあれば、影響を受けやすいものも存在します。本記事では、マクロミルのデータプラットフォーム「Coreka」が提供する182カテゴリ・3300商品以上のアンケート調査データ(2023年1月~2024年9月)を分析し、価格変動に強い・弱いカテゴリの特徴を探っていきたいと思います。ブランド愛着層の増加が物価高を乗り越える鍵!?まずは、カテゴリごとに、価格要因も含め消費者がどのように商品を選択しているのか、商品・サービスへの関与度合いを表す質問に基づいて、消費者を以下の4つのタイプに分類します。[商品・サービスへの関与]ブランド愛着:特定のブランドに対する愛着が強く、価格に関係なく購入する。エキスパート依存:専門家の意見を重視し、機能価値を重視して選択する。価格コンシャス:特定のブランドにはこだわらず、価格の安さを重視する。イナーシャ(惰性):深く考えず、いつも購入している商品を選ぶ。たとえば、様々なカテゴリを私自身の関与に当てはめてみると、以下の通りです。ドレッシングは特定ブランドを愛用する傾向があり、ブランド愛着が高い。洗濯機は機能性を重要視し、口コミを参考にするので、エキスパート依存が強い。料理酒はこだわりがなく価格重視で選ぶことが多いので、価格コンシャス。歯磨き粉は使い慣れているものを習慣的に購入し、イナーシャの傾向がある。本記事では、これらの中の特にブランド愛着に焦点を当て、ブランド愛着層の消費者比率が高ければ高いカテゴリほど値上げの影響を受けにくいのではないか、という仮説の基、それらの比率をカテゴリ間で比較検証していくアプローチを取っています。ただ、本論に入る前に、上記仮説(ブランド愛着層の比率が高ければ、本当に値上げの影響を受けにくいのか?)を補強するためのデータを示しておこうと思います。下のプロット図はブランド愛着と価格コンシャスの関係性を表したものになります。ブランド愛着が価格意識を抑制する?<ブランド愛着(縦)と価格コンシャス(横)のプロット図>こちらのグラフを見ると、一方が高いともう一方が低い、という負の相関関係(相関係数:-0.85)がみられます。因果の矢印はこのグラフだけからは分かりませんが、強いブランド愛着が価格意識を抑えている、と解釈できるケースが多いと考えられます。つまり、ブランドへの愛着が高いほど、価格を気にしにくくなる(≒値上げの影響が小さい)傾向となるのではないでしょうか。顧客満足度を高めるキーファクターはブランド愛着また、商品・サービス関与度と顧客満足度との関係性を調べたところ、商品やサービスに満足したと回答した消費者の過半数をブランド愛着層が占め、それは価格コンシャス層の約2.2倍であることがわかりました。<商品・サービスの満足者に占める商品関与の構成比>(参考)非満足者に占める商品関与の構成比ブランド愛着39%(対満足者との差分:▲12)、エキスパート依存14%(+5)、価格コンシャス20%(▲3)、イナーシャ26%(+10)ブランド愛着層の比率が高ければ、商品やサービスに対する満足度が向上し、結果的に値上げの影響を受けにくくなると考えられます。したがって、ブランド愛着を高める戦略が物価高の昨今、ますます重要になってくるでしょう。では、ここからは、本記事の主題である物価高を乗り越える強固な市場カテゴリは何なのか、を明らかにしていきます。紙面の都合上、Corekaで取得している全カテゴリを対象に分析、考察していくのは難しいので、今回は、サービス関連を除いた主要な消費財を分析対象としています。対象カテゴリにおける商品カテゴリの詳細は、下表をご覧ください。<分析対象の商品カテゴリ>今回の分析では、データを鳥瞰的に捉えるために箱ひげ図を用いていますので、図の見方も簡単にご紹介します。<箱ひげ図の見方>箱ひげ図は、データの中心やバラつき度合いを視覚的に確認するものになります。まず、箱自体の大きさは、データの50%が収まる範囲を表しており、箱の面積が大きければ大きいほど、データがばらついている、という解釈をします。箱の中に引いてある線が中央値となっており、主にこの中央値と箱の大きさを基にデータの中心とばらつき度合いを様々なカテゴリで比較します。この箱ひげ図を基に、ブランド愛着のスコアをカテゴリごとに比較していきますが、箱の面積が小さく、かつ、上の位置にあるほど、データのばらつきが小さくスコアも高いので、ブランド愛着が浸透しているカテゴリである、といった解釈をします。では、実際に各カテゴリのブランド愛着の分布を見ていきましょう。ブランド愛着が購買行動に大きく影響!?<ブランド愛着のカテゴリ分布>これらの分布を見ていくと、総じて、ブランド愛着の中央値は50%を超えています。このことは当該カテゴリを購入している半数以上の消費者が価格に関係なく購入したいお気に入りの商品がある、ということを示しており、ブランド力が消費者の購買行動に大きく影響を及ぼしていることが分かります。各カテゴリの特徴に言及すると、化粧品が最も高い値(中央値63.5%)を示している。日用品はデータのばらつきが大きく、愛着が高いものも低いものも包含している。菓子類はばらつきが小さく、比較的均一なブランドへのコミットメントがある。次に、対象カテゴリごとに、商品カテゴリをブランド愛着が高いものと低いものをランキングしました。上位にランクするものは、相対的に商品間でブランドスイッチされにくく、下位にランクするものはスイッチされやすい、と解釈します。本記事でも言及したように、スイッチの大きな要因として、価格意識が挙げられるので、下位にランクしているカテゴリは、値上げによる売上影響をより受けやすいと言えるのではないでしょうか。<商品カテゴリ別ブランド愛着度ランキング>上位は付加価値型、下位はベース価値型これらの商品カテゴリに対する深い洞察は、各対象カテゴリのマーケターの皆さんに譲りますが、私自身、過去に飲料メーカーに所属していましたので、先に飲料カテゴリについて言及すると、上位にビール類やウイスキーなどの嗜好性飲料が並んでいる一方、下位にはお茶やミネラルウォーターといった止渇系飲料が並んでいるのは、とても納得感があります。嗜好性飲料と止渇系飲料では、マーケティングのアプローチが異なり、特に後者は、PBの台頭や低価格競争の影響を受けやすいため、難しい舵取りが要求されます。また、他のカテゴリの特徴についても言及すると、加工食品では、上位に主食系、下位に主菜や副菜系がきており、日用品では、上位に経口するもの、下位には汚れをふき取るもの、化粧品では、上位にメークする際に使うもの、下位にメークを落とす際に使うもの、家電では、上位に黒物や美容系、下位に白物がきている等、商品カテゴリごとに特徴が出ています。全体を通して共通する点としては、上位にはプラスの効用が分かりやすい付加価値型のものが並んでいる一方、下位には日々のマイナスをサポートするベース価値が大事なものが並んでいる、という印象を受けました。また、自身が相対している商品カテゴリだけでなく、類似カテゴリも合わせて見ることで、“価格ではなくブランドで選ばれる”伸びしろが見えてくるかもしれません。市場平均と商品ブランドとの乖離を認識最後に、商品カテゴリ単位だけではなく商品ブランド単位も合わせてデータを見てみると、ブランド愛着が低スコアのカテゴリの中でも、突き抜けて高スコアのブランドもありますし、逆にブランド愛着が高スコアのカテゴリの中でも、低スコアのものも存在します。重要なのは、自身が依拠しているカテゴリが有しているブランド愛着の度合いを市場平均と捉えた上で、自身の商品のそれとの比較を通して、市場とのギャップを認識していくことです。<ex. 商品単位で見るブランド愛着層の比率>一例を挙げると、日用品におけるティッシュペーパーのブランド愛着スコアは37.3%と比較的低めですが、その中でも上図にあるように、『ネピア 鼻セレブ』は47.8%という高スコアを記録しています。ブランド愛着が低いカテゴリの中でも、特定商品が突出しているケースがあることを示しており、ブランド戦略における差別化の重要性を示唆しています。物価高の今だからこそ、たとえ値上げしても消費者が離れていきにくい商品やサービスの基盤を、ブランド愛着をベースに再構築していく必要があるのではないでしょうか。 株式会社 R SQUARED 代表取締役情報経営イノベーション専門職大学 客員教授吉永 恵一