調査設計は分析の成否の9割を決定マーケターの皆さんにとって、市場の見立てや自商品のポジショニング、施策の振り返りなどアンケートの調査結果を活用する機会はたくさんあるのではないでしょうか。そして、マーケティングの多様なシーンにおいて活用が進んでいる生成AI。今回は、AIにアンケートの調査票を作らせたら、どこまで実務に耐えうるものができるのかを検証しました。アンケートは、回答者がその場で考えて答えるデータです。全員が全問を熟考してくれるとは限らず、直感で選ぶ人、気分で揺れる人、途中で疲れて雑になる人もいます。だからこそ、設問文・順番・選択肢配置でノイズの入り方をあらかじめコントロールしておく必要があります。「この質問、最初に聞くべきか、それとも後ろに回すべきか?」現場では、そんな迷いに日々直面しますよね。ここが整っているかどうかで、集計結果の信頼度は大きく変わります。設計段階での数ミリの差が、集計段階では数ポイントの差として現れてしまうこと、皆さんもご経験があるのではないでしょうか。実際の調査票には、様々な調査ノイズを取り除く調査設計のノウハウがたくさん散りばめられています。調査設計は、その後の集計・分析の成否の9割を決定する、と言っても過言ではありません。検証の前提:生成AIに“認知率調査”の調査票を作らせる今回は、広告施策の前後で商品の認知率を把握する、というマーケティング実務でよくある事例に対して、生成AI(※OpenAI社のChatGPT5を利用)が現場投入できるレベルの調査票を作れるかを確かめました。広告施策によって認知率がリフトしたのか、していないのか、調査設計次第でどちらの結論にもなり得る今回のケース。果たして、生成AIはどこまで自動的に正しい調査票を作ってくれるのでしょうか。質問項目の洗い出しはほぼノータッチまずは、質問項目の洗い出しについて見ていきましょう。詳細は、「図1.生成AIが導出した質問項目」をご覧ください。まず感心したのは、質問項目の網羅性です。スクリーニング調査では、本調査に進む対象者条件や割付を想定したものとなっていますし、本調査では、広告施策に関する設問(媒体接触~クリエイティブ認証)はもちろんのこと、施策前後のリフトを確認すべきブランドKPI(純粋想起~商品知覚)、セグメント軸(商品重視点~属性)まで、核となるブロックが過不足なく並びました。「カテゴリが違えば細部は変わるのでは?」という不安もあるかもしれません。ただ、調査の骨格はできているので、対象となる消費財やサービスなど、各カテゴリに合わせて多少チューニングする、というレベルで済むのではないでしょうか。いきなりこの状態から調査項目の検討をスタートできるのは、とても嬉しいですね。【図1.生成AIが導出した質問項目】プライミング:調査票が答えを“作ってしまう”前にここからは、質問項目の順番に目を向けてみましょう。設問の内容は十分でしたが、順序には落とし穴がありそうです。もしこのまま調査を実施したら、どんな影響が出るでしょうか。モニターの立場になって、少し想像してみてください。問題となるのは、広告施策に関する設問(媒体接触~クリエイティブ認証)の後に、ブランドKPI(純粋想起~商品知覚)を配置している点です(図1参照)。この構成では、広告連想やクリエイティブ認証の段階で既にブランド名や商品名が提示されてしまっています。そのため、後半で純粋想起や助成想起を尋ねると、回答者は“さっき見たブランド”を自然と思い出してしまい、認知スコアが実態より高く出ることが想定されます。このように、前の設問が後の設問に影響を与えてしまう現象をプライミング効果と呼びます。調査票そのものが回答を“つくってしまう”典型的なケースです。もし自分がモニターとして、アンケートの前半で特定ブランドの広告をいくつも見せられたあとに「知っているブランドを挙げてください」と問われたら、きっと、そのブランドが真っ先に浮かびますよね。わずかな順序の違いでも、広告効果の評価は大きく変わります。だからこそ、調査票の設計では「どの設問が次の設問に影響しそうか?」を常に意識し、調査が回答を生まない構造をつくることが重要です。AIに指摘すると、「図2.質問項目の正しい順序」にあるように、きちんと修正してくれましたが、一発OKとはならなかったので、設計者にもきちんとした調査設計のノウハウが必要だという教訓となりました。【図2.質問項目の順序】選択肢ランダマイズ:数字を“公平”にする仕組みアンケート調査の教科書を読んだことがある方なら、「市場全体を代表する標本調査には、標本を市場からランダムに抽出することが欠かせない」という前提を聞いたことがあると思います。この“ランダム性”は、母集団の代表性だけでなく、設問内の選択肢の並びや提示ロジックにも同じように重要な考え方になります。人は無意識に「最初に出てきた選択肢」や「上に並んでいる選択肢」を選びやすい傾向があります。これはポジションバイアスと呼ばれる心理効果です。例えば、媒体接触の質問で「テレビCM」「電車広告」「YouTube」「SNS」と並べたとき、常にテレビCMが一番上にあると、回答者は実際よりも高い割合で「テレビCM」と答えてしまうことがあります。こうした歪みを防ぐために有効なのが、選択肢のランダマイズです。回答者ごとに順番を入れ替えて提示することで、位置に依存しない公平なデータが得られます。もしランダマイズを行わなければ、「上にあるから選ばれた数字」と「本当に認知されている数字」が混ざってしまいます。その結果、効果があるように見えた施策が、実は単なる順番の産物だったという誤った判断につながりかねません。昨今は、スマホなどのモバイル画面でアンケートに回答するケースも多いため、小さい画面の範囲の中で、最初に見える範囲(ファーストビュー)にある選択肢がより有利になる傾向が強くなります。ランダマイズの有無が結論の信頼性を大きく左右する例として、緑茶飲料の助成想起と媒体接触を考えてみましょう。(緑茶飲料の助成想起)(緑茶飲料の媒体接触)これら2つの事例では、選択肢が共に固定化されているとすると、助成想起の設問で一番初めにある伊右衛門、媒体接触の設問で一番初めにあるテレビCM、両方のポジションバイアスが相まって、「テレビCM×伊右衛門」の認知率が他の媒体のものよりも高く算出され、媒体別の効果測定という認知率調査の根幹に大きな歪みを生じさせる可能性が出てきます。一方で、選択肢をランダムに入れ替えれば、回答者ごとに提示順序が異なります。こうすることで、「どの選択肢が先にあったか」という偶然の要素を排除し、純粋に認知や接触の実態を反映したデータが得られるのです。特に助成想起や媒体別接触は、その後の出稿戦略の判断に直結します。だからこそ、ランダマイズの有無が調査全体の信頼性に強く影響します。では、AIは、選択肢のランダマイズを考慮しているかどうかを確認しましょう。注意点のトップに挙げているのは、このランダマイズの必要性です。最近では GoogleフォームやQuestant、formrun など、自分で設定から実装まで行えるセルフ型のアンケートサービスが増えています。そのような環境では、選択肢ランダマイズは認知率調査の基本設定と考えてください。特に、自分で調査ロジックを設計する場合には「選択肢の並び順は固定されていないか?」を確認する習慣を持ちましょう。ちょっとした設定の有無が、数字の公平性を大きく左右します。数字の信頼性を守るために、選択肢のランダマイズは見落とせない基本原則です。また、定期的に認知率を確認するトラッキング調査の場合、ランダマイズの方法を途中で変えると時系列比較が崩れる恐れがあります。ですから、最初に「完全ランダムにする」「ブロック単位でランダマイズする」など、運用ルールを明文化しておくことが大切です。アンカリング:その一文が「購入意向」を押し上げる最後に、アンカリング効果について言及したいと思います。アンカリングとは、事前に与えられた情報が「心の基準(アンカー)」になり、その後の回答を無意識に引っ張ってしまう心理現象です。調査の世界では、これが誘導バイアスとして結果に現れます。では、アンカリングの具体的な調査事例として、特定保健用食品(トクホ)の質問文を見てみましょう。(特定保健用食品の購入意向)特定保健用食品の説明文の中の黒字部分は客観的事実に基づいた記述になっていますが、赤字で書かれている“とても健康によい”という表現があることで、回答者はその言葉を基準にして考え、実際以上にポジティブな購入意向を答えてしまいます。恐ろしいのは、このような表現が一見すると「正しい説明」のように見えてしまう点です。ほんの数語の修飾で、調査全体の結果が歪んでしまうのです。では、このアンカリング効果をAIが見抜けるか、見ていきましょう。こちらは、ずばりピンポイントで問題となる箇所を指摘してくれました。特に、マーケティングの調査では、自社商品やサービスの魅力をつい前向きに表現してしまいがちです。だからこそ設計者は、「この一文は事実の説明にとどまっているか? 誘導的になっていないか?」と自問する必要があります。誘導バイアスは無自覚に入り込むものだからこそ、最後のチェックポイントとして強く意識したい部分です。「生成AIの3勝1敗!」ここまでの検証を振り返ると、生成AIは調査設計の“骨格づくり”において高い実用性を示したと言えます。まず、質問項目の洗い出しでは、認知率調査に必要な要素をほぼ漏れなく抽出していました。また、認知率調査で特に重要な選択肢ランダマイズについても、その必要性と運用上の注意点を的確に指摘しています。さらに、誘導バイアスを招きかねない質問文についても、明確に修正の方向性を示してくれました。一方、プライミング効果を防ぐための設問順序に関しては、まだ人の判断が欠かせません。設問の前後関係やブランド提示の影響など、文脈のコントロールには実務者の経験が求められます。総じて、AIはスピードと網羅性の面で強力な補助線を引いてくれますが、“順序の妙”や“調査の呼吸”といった人が整えるべき領分も残りました。結果として、今回の検証はAIの3勝1敗という評価に落ち着きました。(調査設計の検証結果)初稿はAIで一気に、決着は人がつける今回の検証で見えてきたのは、AIは初稿の速さと網羅性で強力な味方になるという事実です。そして、設問順序の最終調整のように“数字を確実に動かす最後のツメ”は、やはり人が握るべきところでした。言い換えれば、ドラフトはAI、精度の決着は人です。時間も予算も限られる中で、ゼロから調査票を考えるのではなく、まずAIに初稿を作らせてみてください。そのうえで、順序や表現の中立性など、調査ノイズが入り込みやすい部分を人の目でチェックし、必要に応じて専門家に確認する、この流れを実務に取り入れれば、スピードと精度を両立させた調査設計が実現できます。次の調査案件から、ぜひAIを使ってみましょう。思った以上に“実務で使える”下地が整っているはずです。そして、その最後の仕上げをあなたの手で精緻化する、その体験自体が、AIとの新しい協働のかたちを実感できる第一歩になるでしょう。株式会社 R SQUARED 代表取締役情報経営イノベーション専門職大学 客員教授吉永 恵一