店頭における勝負は数秒!皆さんは、店頭で商品を手にするとき、どの企業が作っているのかをどの程度、意識しているでしょうか?車や時計のような高額の高関与商材の場合、企業ブランドを重視する比率はとても高いでしょうが、お菓子や飲料のような100円単位の商品の場合、選択までに数秒、その数秒の間にどこまで企業ブランドを意識するのかは人それぞれだと思います。しかし、その数秒の考慮時間の中で、競合商品ではなく、パッと自社商品を手に取ってもらえる確率をいかに高められるかに、FMCGのマーケターは日々、頭を悩ませています。お気に入り商品は、企業ブランドを意識したクロスセルへの糸口に私自身、亀田製菓の“柿の種”をお酒のつまみによく購入していますが、亀田製菓が出している他のおかきが出ていれば、ちょっと試してみようかな、という気になりますし、その商品を“柿の種”と同様に気に入れば、さらに、同企業の違う商品にも手を伸ばすかもしれません。主力商品の評価により、他の商品のトライアル率が上がる、ということはよくあることだと思いますが、その際は、この企業の商品なら試してみようという、商品に対する企業ブランドのポジティブなハロー効果が働いているのではないでしょうか。企業ブランドの知覚は、このように消費者の購入体験に起因するものや、なんとなく聞こえてくる企業の評判、経営者の顔、社会貢献活動など多岐に渡るものから醸成されています。昨今、これら企業ブランドのイメージを積極的にマーケティング活動に取り入れていこう、という動きが企業の宣伝部や広報部の垣根を超えた活動として活性化してきているように感じます。例えば、トヨタ自動車では、経営者の顔を全面に出したCM展開をしていますし、現在流れているCM全体の潮流を見ると、最後はコーポレートロゴで終わる、というものも多いのではないでしょうか。企業ブランドのマーケティング活用は、リターンよりも毀損リスクを重要視私が以前勤めていたリクルートでは、各サービスのCMの最後にコーポレートロゴを入れるかどうか、その際、音入れや企業名の読み上げはどうするのかなどを真剣に議論していました。リクルート事件によって、未だ企業にネガティブなイメージを持たれているお客様を想定し、細部にまで気を配って詳細を詰めていました。これはよく言われることですが、企業ブランドを醸成するにはとても長い時間がかかる一方、毀損するのは一瞬ですので、企業ブランドのマーケティング活用は、商品のマーケティングに比べてより慎重さが求められます。企業ブランディングのどんな活動が商品の売上に貢献している?さて、今回ご紹介するのは、企業ブランドのマーケティング活用を進めていく上で、どんな企業ブランディング活動が売上に貢献しているのかをアンケートデータの分析から紐解いたものになります。アンケートは、2022年12月に自主調査として企画・実施した飲料メーカー各社の企業ブランド知覚を聴取したものです。飲料メーカーといって、皆さんはどのようなイメージを持たれているでしょうか。体に直接的に取り入れる商品特性上、厳格な衛生管理を想起される方もいれば、モノづくりへのこだわりやSDGsに代表される環境配慮や社会貢献活動など多岐に渡ると思います。では、企業ブランドのマーケティング活用を、カスタマーニーズから拾い上げるマーケットインの思想で展開する場合、どんな要素を消費者にお伝えすればよいのでしょうか。もっと突っ込んだ言い方をすると、何を訴求すればより購入してくれるようになるのでしょうか。食の安心安全は日本であれば、一定レベルが保たれているので、あえてそこを訴えても誰にも響かないでしょうか。または、エコ活動や地域への貢献は購買を促進するでしょうか。その答えは、企業ブランド知覚と購入指標に該当するKPIとの関係性を分析する、ということで導きだせないか、というのが、今回の分析テーマになります。市場を新たに創造する、または既存の市場構造を変革する、という信念を基に、直接的な購買影響とは関係なく、一定のメッセージを発信し続ける、というプロダクトアウトによる判断を必ずしも否定しているわけではありませんが、何に対しても説明責任やROIが求められる昨今、その活動は何の役に立っているのか、直接的にでも間接的にでも売上に貢献しているのかを可視化し、より効率的な投資判断をしていく、ということも重要ではないでしょうか。では、そろそろ分析の本題に入っていきたいと思います。今回の調査概要は以下の通りです。飲料メーカーの企業ブランド知覚調査・分析これら企業ブランド知覚からの影響の強さを確認するのは、購買に近いと考えられる指標順に、「商品推奨意向(NPS)」、「商品購入意向」、「企業好感度」、「企業信頼度」になります。<購買を起点としたKPI>この記事を読んでいる皆さんも、どんな企業ブランド知覚が一番、これら指標に効いているか予想してみてください。<企業ブランド知覚とKPIの概念図>念のため、技術的なところも補足しておきますと、まず、質問項目(ex.「原材料にこだわっていそう」、「妥協しない」)の上位概念にあたる企業ブランド知覚(ex.「クラフトマンシップ」)を定義し、それらに該当する項目を合成得点化しました。そして、それら上位概念の知覚が各種KPIに与える影響度合いを回帰分析で導出しています。一般的に商品の知覚分析に用いられる、選好回帰分析というマーケティング・サイエンスのアプローチを企業ブランドの分析に適用したものになります。では、早速、1.企業ブランド知覚がKPIに与える影響度の強さを確認、2.各種知覚スコアを企業間で比較、という順番で結果を見ていきたいと思います。1.企業ブランド知覚がKPIに与える影響度の強さを確認どのKPIもポピュラリティと食の安心・安全で過半数以上を占める結果に!<各種KPIに与える企業ブランド知覚の影響度>どのKPIも共通して一番影響を及ぼしているのは、ポピュラリティになります。そして、二番目は、食の安心・安全です。特に、食の安心・安全が、企業信頼度への影響が強いのは食品ならではの結果ではないでしょうか。では、ここからはKPIごとの特徴に言及していきます。最も継続購買に近い商品推奨意向に関しては、バリュークリエイターの影響が見て取れます。他の人に薦める、というアクションまでいくには、革新的な取り組みの認知浸透が必要ということでしょうか。また、商品購入意向に関しては、時代の潮流の影響がやや強く出てきています。この知覚は消費者ニーズをよく捉えているかどうか、今の時代に合っているかどうかなどの質問項目で構成されているので、購入意向への影響が強いのは納得感があるかと思います。一方、やや意外だったのが、品質やこだわりに言及しているクラフトマンシップでしょうか。こちらは、企業好感度には少し影響していますが、それ以外の指標への影響は確認できませんでした。ただ、解釈で気を付けなくてはいけないのは、商品マーケティングの文脈ではなく、企業ブランディングの文脈では、という点です。ビールや缶コーヒーなど商品の訴求ポイントとして、こだわりや品質などが購買に効いていない、ということではない点はご注意ください。話を戻しますと、ポピュラリティが最も購買に影響している、というのはFMCGのマーケターにとっては、特に驚きの結果ではないかもしれません。昨今、No1訴求の乱立や不正利用が問題になっていますが、No1というのは、ポピュラリティを具体化した言葉になりますので、売上を向上させるメッセージとしてはとても強力です。ただ、No1訴求には瞬発力はありますが、それだけでは強固なブランドエクイティとはならないため、No1というメリットをどのようなコンテクストで用いてポピュラリティを醸成するのかが重要になってきます。2. 各種知覚スコアを企業間で比較さて、次は、どの企業のどの知覚スコアが高いのかを見ていきましょう。知覚スコアは解釈しやすいように偏差値に変換しているので、市場平均50に対して、どれだけ乖離しているのかを見ていきます。<企業ブランド知覚のメーカー別スコア>こちらを見ると、クラフトマンシップでは、キリン、サントリー、アサヒと続き、食の安心・安全では、キリン、伊藤園、サントリー、時代の潮流では、コカ・コーラ、キリン、サントリーの順番で高いスコアとなっています。また、バリュークリエイターでは、コカ・コーラ、サントリー、アサヒ、SDGsでは、サントリー、キリン、コカ・コーラ、ポピュラリティでは、コカ・コーラ、サントリー、キリンの順番です。購入への影響度が強いポピュラリティで優っているのはコカ・コーラただ、このスコアの高低だけで一喜一憂すべきではありません。先ほど、各種KPI(商品推奨意向、商品購入意向、企業好感度、企業信頼度)への知覚の影響度を記載しましたが、全てのKPIにおいて一番影響が強かった知覚は、ポピュラリティでした。例えば、最もポピュラリティのスコアが高いのはコカ・コーラですので、コカ・コーラは購入に効く企業ブランド知覚において市場優位性を持っている、というように影響度×知覚スコアの両面から解釈をします。<商品推奨意向への影響度×ポピュラリティスコア>このように、各種KPIへの影響度が高く、かつ知覚スコアも同業他社と比較して高いのであればその企業の強みと解釈し、逆に、いくら知覚スコアが高くても、指標への影響度が高くなければ、その知覚自体の差別性はあるかもしれませんが、購入に繋がる強みではない、と解釈します。結果を踏まえた打ち手仮説こそが、マーケターの腕の見せどころ最後に、施策の方向性について言及します。こちらの結果をもって、どの企業も一律にポピュラリティのスコアを伸ばす努力をすべきだと言えるでしょうか。また、KPIへの影響が強くないクラフトマンシップやSDGsの取り組みからは手を引くべきでしょうか。マーケティングやブランディングの醍醐味は、分析結果から現状を把握しつつも、そこから市場の今後をどう見立て、変えていこうとするのかによって、打ち手が千差万別なところです。影響度が強いところをさらに攻めていくもよし。逆に、影響が出ていないところを白地と見立て、影響が出るまで施策を打ち続けて競合優位性を獲得していく、という真逆の結論だってあり得ます。また、現状設定している6つの知覚次元ではない新たな知覚を創造し、その中で優位性を獲得する、ということもあるかもしれません。市場が成長市場なのか、成熟市場なのか、市場のポールポジションを獲得している1位の企業なのか、2位、または3位以下なのか、ターゲットと置いているカスタマー・セグメントはヘビー、ミドル、ライト、どの層なのか、商品は同質化、差別化どちらの戦略を取っているのかなど、複数の組合せによって、取るべき打ち手は異なるでしょう。このようなことは商品のブランドマネージャーが日々考えていることですが、企業ブランドのマーケティング活用はそれらを包括した戦略を取らなければならない、という意味で、市場や自社の商品戦略を全て把握していなければ、本来、務まりません。ただ、市場を把握すると一口に言っても、ソフトドリンクだけでも、ミネラルウォーター、緑茶、ブレンド茶、コーヒー、炭酸飲料、スポーツドリンク、エナジードリンクなど、市場が細分化しており、かつ、カテゴリ内だけではなく、カテゴリ間でもシェアを奪い合う構造になっています。また、新商品やリニューアル品の登場、そして、店頭に3か月とキープできない、いわゆる棚落ちする商品などにより、市場は刻一刻と変化しています。このようなダイナミックな市場環境の中、過去からの複合的な要素の蓄積に由来し、一長一短にポジティブな知覚が醸成できるものではないにもかかわらず、ネガティブな要因による評判毀損リスクは大きい現代の企業ブランディングやそのマーケティング活用の困難さ、大変さに言及し、それらに従事している方々への応援を込めて、今回の記事を締めくくりたいと思います。