SNSマーケティングの成果は測りにくい!?XやInstagramなどのソーシャルメディアを活用したマーケティングが一部のECサイトのみならず、一般的な活動となってきている昨今、炎上案件ばかりニュースで取り上げられているきらいがありますが、果たしてそれらの活動は、直接的にも間接的にも売上に貢献しているのでしょうか。「いいね!」の数は分かっても、それらが売上にどれくらい貢献しているのかは見えにくく、MMM(Marketing Mix Model)のような効果分離手法を用いても貢献度合いは、他のメディアに比べて過少評価されがちで、なかなかきちんと定量的な評価がされていないことも多いのではないでしょうか。本記事では、FMCG(Fast Moving Consumer Goods)の中でも比較的高関与の商材であるシャンプーの市場において、ナイトケアという新しい切り口で市場を牽引している株式会社I-ne(アイエヌイー)のYOLU(ヨル)という商品を事例として、SNSマーケティングのどのようなメッセージやコミュニケーションが売上向上に貢献しているのかを取り上げたいと思います。調査・分析の前の事前仮説とは?いきなり分析内容や結果に飛びつく前に、どんな仮説が考えられるか、検討してみましょう。実際のXやInstagram、TikTokなどのSNSの投稿内容を見てみた著者の主観ですが、商品のフェーズに合わせて認知や機能、情緒訴求をうまくバランスさせている「癒しのストーリー」を伝えるために、様々な角度から多様なビジュアルコンテンツを共有することで、商品への共感接点を増やし、愛着を深めているSNS投稿に対するユーザーからのコメントや質問には、ひとつひとつ丁寧、かつタイムリーに返信しており、ユーザーの視点や価値観に寄り添ったコミュニケーションを行っているという感想を持ちました。また、YOLUに関する様々なクチコミを見てみると、ナイトケアそのものの効用以外にも、使用中の泡立ちや香りに関する評価が多く、リピート理由には、しっとりとしたまとまりや香りが続くなどの使用感に関するものが散見され、決してプロモーションだけで売れている訳ではなく、商品そのものの強さを感じました。ちなみに、著者(40代男性)もシャンプーはYOLUを使っていますが、私自身は購入決定者ではないので、決定者の妻に聞いたところ、購入のきっかけは、YOLUを含んだ市販シャンプーの美容師による解説動画をInstagramで見たことだったそうです。その後、リピートしていますが、ウェブのクチコミにも見られるように、しっとりした使用感が主なリピート要因とのことでした。その他、メインターゲットとなる20~40代女性の何人かのインタビューを踏まえて、YOLUの価値や効用を整理してみると、「寝ている間にケアできる」「寝ているときの摩擦から守る」といったナイトケアそのものの機能価値、「香りが良い」「泡立ちが良い」といった物理効用、「癒される」「リラックスできる」といった情緒価値、さらに、「自分が魅力的に思える」「自分に自信が持てる」といった商品近接度などが購入のキーファクターになっているのではないか、という仮説を得ました。それらファクターが購入にどのように影響しているのかを考察し、さらに、分析結果とSNS上におけるマーケティング活動を重ね合わせることで、YOLUの成功要因を解き明かしていきたいと思います。まずは、調査概要や分析ステップからご紹介していきます。【ナイトケアシャンプーの調査概要】【分析ステップ】A.クチコミ投稿と推奨意向(NPS)との相関分析SNSマーケティングにおいて好循環を産み出すためには、投稿されるクチコミの量や質が重要になってきますが、現在利用しているユーザーの推奨意向が高い人ほど、クチコミを投稿しているのかどうかを検証します。B.商品知覚と推奨意向(NPS)との関係性分析推奨意向を高めることでクチコミを増やせる、とするならば、次は、どのような商品知覚を訴求すると推奨意向を高めることができるのかを因果推論のアプローチで検証します。A.クチコミ投稿と推奨意向(NPS)との相関分析クチコミ投稿と推奨意向は正の相関関係図1より、YOLUユーザーにおけるクチコミ投稿者数と推奨意向との関係性を見てみると、推奨意向が高くなればなるほど、実際のクチコミ投稿者数は多くなっているということが読み取れます。よく“ニワトリ卵問題”と言われますが、推奨意向が高いからクチコミ数が増えるのか、クチコミ数が多いから推奨意向が高いのか、という因果の順番に関しては、常識的に判断し、人におススメしたい人がクチコミを投稿するであろう、という仮説をここでは採用することとします。<図1.YOLUのクチコミ投稿者数×推奨意向>B.商品知覚と推奨意向(NPS)との関係性分析因果推論で知覚同士の関係性を構造化では次に、どのような商品知覚が推奨意向に影響を及ぼしているのかを見ていきましょう。こちらの分析では、推奨意向に加えて、購入意向も合わせて見ていくこととします。両方の指標を入れる意図は、マーケティング上の示唆として、推奨意向を高めたい場合と購入意向を高めたい場合で訴求すべきものが異なった場合、フェーズに合わせて柔軟にアプローチを変えていけるようにするためです。次に、分析アプローチについてですが、推奨意向や購入意向と各商品知覚との相関係数を取る、という方法をよく見かけますが、アンケートで取得した項目でよくありがちですが、どの項目も同じような相関係数の値が算出されるので、どの項目が本当に推奨意向や購入意向に効いているのか分かりにくい、というケースがよくあります。今回は、因果推論でよく使われる共分散選択や共分散構造分析を用いて、図2にあるような項目同士の関係性を構造化していきます。分析のテクニカルな話は割愛しますが、共分散選択とは、項目同士の疑似相関に惑わされず、真の相関を見極めるための分析手法の一種です。一方、共分散構造分析とは、複数の項目同士の直接的、及び間接的な因果関係の影響度の強さを推定するものになります。今回は、図2の通り、推奨意向や購入意向、知覚項目同士に真の関係性があるかどうかを共分散選択で確認し、その関係性を基に、共分散構造分析で推奨意向や購入意向に直接的、間接的に影響を及ぼしている知覚項目は何かを分析しています。事前に共分散選択を実施せず、項目同士の相関の有無や矢印の向きを恣意的に決めて共分散構造分析を実施すると、設定した構造の仮説検証にはなるものの、全体構造を把握することは困難になるので、ご注意ください。<図2.分析アプローチの概念図>では、早速、分析結果を見ていきましょう。結果の解釈は、図3を基に行っていきます。<図3.共分散構造分析結果>まず着目すべき点は、推奨意向と購入意向で直接影響している知覚項目が異なる、というところです。推奨意向には「自分が魅力的に思える」という商品近接度、購入意向には「価格に見合った価値がある」という価格妥当性が影響しています。推奨意向を高めるためには、いかに商品とユーザーとの心理的距離感を縮められるかがポイントになりそうですね。一方、購入意向を高めるためには、価格に対する商品の品質が重要になります。次に、図3の抜粋aを見ながら、推奨意向へのパスを掘り下げていくと、「自分が魅力的に思える」に影響を及ぼしているのは、「自分に自信が持てる」という商品近接度と「本格的な」という品質価値になります。さらに、「自分に自信が持てる」には「寝ているときの摩擦から守る」という機能価値、「癒される」という情緒価値が影響を及ぼしています。<図3の抜粋a>YOLUのSNS上の動画を見ていると、勝手ながら “現代女性に対する癒しと自己の回復”というようなものがコンセプトなのかなと感じました。これらの動画を踏まえて分析結果を改めて見ると、「癒される」⇒「自分に自信が持てる」⇒「自分が魅力的に思える」⇒「推奨意向」というパスが形成されているので、ユーザーが癒しから自己の回復というストーリーを自分事と捉え、他者におススメし、クチコミが増え、それを見た新規ユーザーが増えるという好循環を生んでいるのではないかと推察されます。さらに、購入意向のパスにも触れておくと、図3の抜粋bを見ていただくと分かるように、購入意向に影響している「価格に見合った価値がある」という価格妥当性には、「自分に自信が持てる」という商品近接度、「寝ている間にケアできる」という機能価値と「泡立ちが良い」という物理効用が繋がっています。<図3の抜粋b>実際のクチコミを見てみると、泡立ちや香りへの高評価も多く、ナイトケアシャンプーだからといって、ユーザーはナイトケアのみを重視しているわけではなく、五感で感じられるシャンプーの基本的な価値も重視していることがうかがえます。また、機能価値や物理効用だけでなく、商品近接度が価格妥当性にも影響しているのが興味深いですね。最後に、図3の抜粋cの全てのパスの起点になっているのが「香りが良い」となっている点にも言及しておきます。「香りがよい」が「人気がある」というポピュラリティや「リラックスできる」という情緒価値に影響を及ぼしており、最終的には購入意向や推奨意向に繋がっています。強い商品特性があってこそのマーケティングということでしょうか。<図3の抜粋c>今回は、SNSマーケティングの成功事例として、ナイトケアシャンプーのYOLUを取り上げました。推奨意向を高め、クチコミ投稿から新規ユーザー獲得への好循環を生むためには、いかに商品とユーザーとの距離を縮められるかだと思いますが、言うは易しで、YOLUが実践しているような、癒しから自己の回復、というような、商品特性に合わせた共感性の高いストーリーをいかに作れるかが肝になるのではないでしょうか。株式会社 R SQUARED 代表取締役情報経営イノベーション専門職大学 客員教授吉永 恵一